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琉球新報コラム「星の数はいくつ?」

琉球新報コラム 落ち穂(2016年6月13日)
第12回「星の数はいくつ?」
 
水平線の際まで星が埋まる八重山諸島の満天の星空は、星があり過ぎて星座を結ぶのが難しい。一体いくつの星が見えているのだろう。
1等星、2等星、3等星…この分類は星の明るさを示したものである。肉眼で見えるのは6等星まで。これは、古代ギリシアの天文学者ヒッパルコスが定めたもので、最も明るい星たちを1等星とし、人の眼でぎりぎり見える最も暗い星たちを6等星とした。その間の星の明るさは6段階に分けられ、1等級の差は約2.5倍、1等星と6等星の明るさの差は100倍となる。
肉眼で確認できる6等星までの星の数は、全天で約8600個ある。地平線より上半分しか見えないから、一度に見える星の数は最大で約4300個ということになる。
その中で、1等星は全天で21個あり、八重山諸島ではその全ての1等星を見ることができる。ちなみに本州から見える1等星は16個。本州ではお目にかかれない5つのレアな1等星は、南十字星のα星とβ星、ケンタウルス座のα星とβ星(八重山の方言でパイガ星)、エリダヌス座のアケルナルという星である。
南十字星は5月から6月中旬まで見頃を迎え、本州からもたくさんの観光客が南十字星を見ようとやってくるようになった。この時期の八重山諸島の観光資源となりつつある。
ケンタウルス座のα星は、太陽系から最も近い星で、その距離は約4.39光年。お隣の星でありながら、あまり馴染みがないのは本州から見えないからだろう。
「秋の1つ星」と言われる、みなみのうお座の1等星フォーマルハウトは、本州から見える秋の唯一の1等星である。しかし、八重山諸島では2つ目の1等星として、アケルナルが南の低い空に姿を現す。
海に囲まれ、暗い夜空を持つ八重山諸島では、その星の数に圧倒される。そして、その一つ一つの星の光は、約4年前の光もあれば、数万年前の光もある。広大な宇宙の空間と違う過去が一度に目に飛び込んでくる、まさに時空を超えた不思議な光景である。
約4300の星の光に囲まれる体験をぜひ八重山諸島で。
 
星空ツーリズム社代表
上野 貴弘
 
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琉球新報コラム「七つ星の物語」

琉球新報コラム 落ち穂(2016年5月31日)
第11回「七つ星の物語」
 
5月も終わるこの時期、日が暮れて間もない20時頃に北の空を見上げると、北斗七星が一年で最も高い位置に輝いている。おおぐま座の一部で、大きなひしゃくの形で有名だ。
北斗七星にまつわる伝承や民話は、世界各地に数多く存在する。それだけ、この七つの星の並びは、遠い昔から人々を魅了し、様々な物語を紡ぎ出してきた。
八重山では「北にある七つの星」という意味で「ニシナナツブシ」と呼ばれている。方言で北のことを「ニシ」と言うからややこしい。そして、もちろん八重山にもこの北斗七星にまつわる民話がある。
「星女房」という、北斗七星の上から二つ目に輝く母子星のお話。地上に舞い降りた天女が、貧乏でも真面目に働く青年と結婚し、かわいい男の赤ちゃんも生まれた。家族仲良く暮らしていたある日、北斗七星の星が六つしかないことが村中に気付かれ、天女が見つかってしまう。知られたからには天に戻らなくてはならない。天に昇る時、我が子だけは連れて行きたいと、赤ちゃんを抱きかかえて天に帰り、もとの七つの星に戻った。
実際に北斗七星の二つ目の星(ミザール)を双眼鏡で見てみると、その明るく輝く星のすぐとなりに、小さな星(アルコル)がちょこんと並んでいるのがわかる。本当にお母さん星と赤ちゃん星が寄り添っているように見えるから面白い。
八重山の古民謡「ムリカブシユンタ」にも北斗七星が登場する。天の神様が「この島を治めよ」と命令され、北斗七星はそれを断り北の空へ追いやられ、スバル(ムリカブシ)は命令に従い天の真ん中を通るようになった。北斗七星は、日本本土では北極星のまわりを一年中回り続け、沈むことはないが、八重山は緯度が低いため地平線の下に沈んでしまう。北の空に追いやられた逸話がそのまま実際の夜空で表現されている、八重山ならでの印象的な光景だ。
その土地に伝わる星の物語に思いを馳せて、この七つの星を見ていると、より生き生きと、あの特徴的なひしゃくの並びが心に焼きつく。
 
星空ツーリズム社代表
上野 貴弘
 
サトウキビ畑に沈む北斗七星
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琉球新報コラム「月が好きになった」

琉球新報コラム 落ち穂(2016年5月17日)
第10回「月が好きになった」
 
満月が近づきつつある此の頃、夜な夜な星の光は消えていき、明るさ増す月の光が辺り一面に広がるサトウキビ畑を照らしていく。気付けば、自分の影が足元から伸びている。周りに街灯が無い、石垣島のとある畑の夜の光景だ。
月明かりの無い夜は、自分の手の平が見えない程の暗闇に包まれ、満月の夜には本が読める程明るくなる。1ヶ月かけてこれ程までに変化する自然の夜の明暗差のグラデーションを、街明かり溢れる東京で暮らしてきたこれまでの人生で知る由もなかった。八重山には「月ぬまぴろーま節」という、月が真昼間のように明るい様を歌った民謡がある。石垣島に移住した今ではその意味を肌身で実感している。
日本では月の満ち欠けによって風情ある呼び名が付いている。十五夜の満月の次の夜は十六夜(いざよい)といい、満月よりも月の出が遅れることから、「月が出るのをためらっている」という意味でそう呼ばれている。十七夜はさらに月の出が遅れ、「今か今かと立って待つ」ことから立待月という。十八夜はまたさらに遅れ、立って待つのは辛いから「座って待とう」ということで居待月といい、もっと遅れる十九夜になると「寝ながら待とう」と寝待月という。昔の日本人は、どれだけ月が出てくるのを待ち侘びていたのかと思う。
そして、日本の古い和歌には、月の美しさを歌った歌が極めて多くあり、月を愛でる文化が根強くあった。反面、星の美しさを歌った歌はほとんど見られない。人工の明かりのない昔であれば、満天の星空や天の川がとても綺麗に見えたはずである。以前はそれを不思議に思っていたが、石垣島で暮らすようになって、最初は星空の邪魔をする存在だった月明かりが、本当は闇を照らし夜の暮らしを豊かにしてくれるとても有難い存在だったであろう、昔の人の心中に去来する思いがした。
街明かりの少ない、暗い自然の夜空が保たれている八重山諸島では、星空の美しさだけではなく、昔の人たちが長い歴史の中で営んできた月が司る自然の夜の感覚、情緒を現代に生きる私たちに呼び起こさせてくれる。
 
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上野 貴弘
 
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琉球新報コラム「南十字星に導かれて」

琉球新報コラム 落ち穂(2016年5月3日)
第9回「南十字星に導かれて」
 
八重山諸島では南十字星のシーズン到来だ。5月から6月中旬までの梅雨の中休みに見頃を迎える。とは言え、水平線近くの低い空にあるため雲がかかりやすく、そう簡単にはその姿を現してくれない。
南十字星は、日本本土からは見ることのできない、南半球を代表する星座だ。オーストラリアやニュージーランドの国旗にも象徴的に描かれている。全天88星座の中で最も小さい星座であるが、1等星を2つも持つ。ちなみに1等星は全天で21個しかない。日本では、宮沢賢治の小説「銀河鉄道の夜」で天の川を巡る旅の最後に登場することで有名である。
人生で初めて南十字星を見たのは2013年1月。世界で最も星空が美しいと言われるニュージーランドのテカポに訪れたときだった。空を埋め尽くす無数の星の光の中から、最も小さい星座である南十字星を見つけ出すのは容易ではない。しかも同じ十字架の形をしたニセ十字も近くにあり、最初はよくそれと勘違いしてしまった。現地の星空ガイドの方から見つけ方のコツを教わると、旅の終わり頃には瞬時に南十字星を捕らえられる腕前になっていた。
その4ヶ月後、今度は日本国内で初めて南十字星を見る機会に恵まれた。まだ石垣島に移住する前だったその頃、旅で訪れた西表島で南十字星に再会した。その印象は、空高く見上げたニュージーランドのものとはかなり違った。水平線上に浮かぶまっすぐに正立した十字架は、まるで誰かがそこに飾ったかのような凛とした佇まいで、思わず手を合わせたくなるような感動的な姿だった。
その年の10月、東京から石垣島に移住した。それから毎年この時期になると「今日は綺麗に見えた!」「今日は見えなかった…」あるいは「上の3つだけ見えた」といった具合に一喜一憂する毎日が続く。今年で3年目となる。
今振り返ってみると、13年は人生で初めて南十字星を見ることができ、八重山の旅でも見ることができ、気づけば石垣島に移住していた年だった。南十字星が日本の最南端へと導いてくれたような気がする。
 
星空ツーリズム社代表
上野 貴弘
 
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琉球新報コラム「八重山星巡り」

琉球新報コラム 落ち穂(2016年4月20日)
第8回「八重山星巡り」
 
いつも石垣島で星空浴を楽しんでいるが、たまには八重山各離島の星空も浴びてみたい。そう思い立って、一眼レフ片手に離島星巡りをしたのが昨年9月〜10月。この時期はまだ夏の天の川もバッチリ見ることができる。
それまでに石垣島以外の離島で星空を見たことがあるのは、西表島、竹富島、小浜島。それぞれの島の雰囲気によって違う印象を与えてくれる素晴らしい星空を体験した。だからこの時は、まだ見たことのない島の星空を巡ってみたかった。きっとまたそこにしかない個性溢れる星空に会えると思ったからだ。あとは月齢と天候とにらめっこして各島1泊勝負で行くことに。
まずは、鳩間島。初めて足を踏み入れたその島はちょっと寂しいところ。日が暮れてから、民謡「鳩間節」で知られる鳩間中森の灯台を目指す。灯りが全く無い真っ暗な茂みの中を一人で入って行くのはかなり怖かったが、出迎えてくれたのは瑠璃の星空に輝く天の川と灯台だった。気づけばそこに何時間もいた。
次に向かったのは、与那国島。ここはやはり、日本「最西端之地」の碑が立つ西崎へ。この日も見事に晴れてくれて、日本最西端に架かる天の川に出会うことができた。しかし、ここでアクシデント。碑の周りはでこぼこの段差や起伏があり、真っ暗闇の中、足を滑らせて転び怪我をしてしまった。暗闇での星空観察はくれぐれもご注意を。
次の舞台は、黒島。ここでは牛と一緒に天の川を撮った。この日は抜群の晴天に恵まれ、しかも真っ平らな島。これまでに体験したことのないフルフラット360度パノラマビューの星空に包まれた。まさに、宇宙に浮かぶ地球という球体の上に自分が立っているという実感を味わうことができた。
そして残すは、波照間島。日本最南端の極上の星空がそこにあった。ハテルマブルーの海で有名なこの島の夜は、ハテルマダークとも言うべき漆黒の夜空に無数の星の光が埋め尽くす。星空観測タワーから、天の川の光が海面を照らす光景を初めて見た。
八重山諸島は全ての島で美しい星空を見ることができる。
 
星空ツーリズム社代表
上野 貴弘
 
鳩間中森の灯台と星空 <鳩間島>
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日本最西端の碑と星空 <与那国島>
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牛と星空 <黒島>
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フルフラット360度ビューの星空 <黒島>
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星空観測タワーと星空 <波照間島>
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石垣の星空守れ 国内初の「星空保護区」目指す – 琉球朝日放送

本日14日(木)18:30〜O.A.の琉球朝日放送「ニュースQプラス」内にて、石垣島の国内初「星空保護区」認定に向けた取り組みが特集されました。
 
ニュース映像はこちらでご覧になれます。
琉球朝日放送 報道制作部 – 石垣の星空守れ 国内初の「星空保護区」目指す
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石垣・八重山の国内初の「星空保護区」認定を目指してより一層取り組んでいきますので、みなさまのご理解ご協力をいただきますよう今後ともよろしくお願いいたします。
 
 
 
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琉球新報コラム「星空保護区」

琉球新報コラム 落ち穂(2016年4月7日)
第7回「星空保護区」
 
世界中の暗い夜空の保護・保存を目指して活動している世界最大のNPO団体「国際ダークスカイ協会」が、非常に優れた星空環境を有する地域を「星空保護区」として認定している。星空の世界遺産のような位置づけだ。
中でも有名なのが、ニュージーランドのテカポという人口300人程の小さな町。これまで2度訪れたことがあるが、その美しい星空に感動したのはもちろんのこと、それ以上に感銘を受けたのが星空を守る町の姿勢だった。町の街灯にはすべて傘が取り付けられ、光量も適度に抑えられている。町が一体となって暗い夜空を守っているこの町に、世界中から大勢の人たちが美しい星空を求めてやってくる。
なぜ星空がそれ程までに貴重なものとなったのか、それは世界の多くの都市で人工の光が溢れ、暗い夜空が失われたから。それもここ百数十年の急速な科学の進化と経済の発展によって、またたく間に夜が夜でなくなってしまった。
街の明るさは文明の繁栄を象徴していると言える。しかし、無造作に、無頓着に光が増え過ぎてしまった。過剰な照明が「光害」という問題を引き起こしているが、この問題に気づいている人は多くない。これは、一昔前の公害問題によく似ている。20世紀の産業発展の時代、当時は街からわき上がる煙がその街の繁栄を象徴すると言われた。しかし、無造作に増えてしまった煙や工業廃棄物が後に社会問題となったことは周知の事実だ。今ではクリーンな街づくりが当たり前である。
今後、光害という視点を持ったクリーンな夜空を保護する街づくりが最先端になるはずだ。「星空保護区」は単に星空が綺麗な地域を認定しているのではない。街の工夫や努力によって夜空が保護され、人の暮らしと星空が共存している地域を認定している。
国内初の「星空保護区」の認定候補地が石垣島だ。美しい星空、豊かな自然、固有の生態系を有しながら、5万人近い人々が暮らす石垣島こそが、光害のない新しい時代の都市デザインのモデルケースに相応しく、それが実現できれば「星空保護区」として時代をリードする街となり得る。
 
星空ツーリズム社代表
上野 貴弘
 
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琉球新報コラム「地球と空の渚」

琉球新報コラム 落ち穂(2016年3月24日)
第6回「地球と空の渚」
 
星空は見上げるもの、と当たり前のように思っていたが、八重山諸島に来て、真横にも星が見える、星と目が合う、という体験をし、新たな星空の楽しみ方見つけた。
周りに街灯が無い、少し小高い所へ行くと、360度地平線が広がる全天パノラマビューの星空を見ることができる。その地平線と空の境目で繰り広げられる星々のドラマに四季を通じて魅了された。
春、日本本土では見ることのできない南十字星が、南の水平線上にのぼる季節。南半球では十字架が逆さまに見えるが、八重山では海の上で綺麗に正立する。その姿はとても神々しく感動的な光景だ。
春から夏に移り変わる頃、南十字星が西に傾き、地平線にその姿を隠そうとすると、東の低い空から夏の天の川がのぼってくる。南十字星と天の川を両方同時に見ることができるこの時期は、八重山ならではのプレミアムナイトだ。
夏、島の観光客の賑わいの最盛期には、夜空も最高潮に賑わう。南の水平線から立ちのぼり、頭上を超えて、北の地平線までアーチを描く天の川は、180度大きく首を振って見ることになる。実際、天の川は地球の裏側までぐるりと回り込んでいる銀河の姿であって、地球はその中にある。天の川は決して遠くの宇宙を見ているのではなく、私たちの住んでいる場所を見ているということをこの景色から実感することができる。
秋、あの沈まぬ星で有名な北斗七星がここ八重山では沈んでしまう。日本の中でもかなり南にいることの証拠だ。東の地平線からは八重山の星文化を象徴するスバルがのぼってくるのもこの季節だ。毎年、シーズン初観測できた日はなんだかとても嬉しくなるのは、八重山だからこそ。
冬、一等星が最も多く輝く季節、その代表格とも言える星座がオリオン座だ。東京でも簡単に見つけることができるが、八重山では地平線からその大きな姿を徐々に現す、「オリオン座の出」を楽しむことができる。
このように、海に囲まれた星空の美しい島だからこそ、真横の目線にある地球と空の渚で、季節毎の星空の変化を楽しむことができる。
 
星空ツーリズム社代表
上野 貴弘
 
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琉球新報コラム「2033年問題」

琉球新報コラム 落ち穂(2016年3月10日)
第5回「2033年問題」
 
美しい星空を求めて石垣島に移住したのが約2年半前。月明かりのない晴れた日の満天の星空は、何度見ても度肝を抜かれる驚きの光景だった。
実はもうひとつ、石垣島に来てから驚いたことがある。月の明るさだ。街明かりのほとんどない暗い夜空のもとで見る月が、こんなにも明るいことを今まで知らなかった。満月には本が読める程である。なるほど、昔の人はこの月の明るさがどれ程大切であったかを実感した。そして月は時を計る暦として生活に欠かせない存在でもあった。
この旧暦が破綻する、2033年問題というのをご存知だろうか。日本には、旧暦に基づく祭りや習慣が残っており、沖縄でも旧暦行事が数多くある。その基準となる旧暦が定まらないという状況になると、日本古来の文化・習慣に影響が出てきてしまうのである。
旧暦は、月の満ち欠けを基準にしつつ、一年の季節のズレを補正する太陰太陽暦である。新月から次の新月までの約29.5日を1ヶ月とし、これを12ヶ月にすると354日。太陽暦の1年365日とは約10日のズレが生じてしまう。そこで、19年に7回「閏月」を入れて13ヶ月の年をつくり調整する。つまり、月の満ち欠け周期と地球が太陽の周りを回る公転周期の辻褄合わせを行うのであるが、この辻褄合わせがうまくいかなくなるのが2033年である。
この修正案はいくつか出ているようだが、一番の問題は、どの修正案にするか決められないという点である。何故なら、旧暦は既に廃止され習慣として残っているだけなので、国が法の下で定めるものではない。じゃあ誰が決めるんだ?という話なる。例えば、誰か専門の偉い学者さんがこの問題を解決するために改暦したとしても、何の法的拘束力がないので、みんながそれに従うかどうかは自由であるし、好みはそれぞれ。
このままだと中秋の名月がいつなのかわからなくなってしまう。それだけではない。日本のあらゆる伝統行事や祭りの日が決められなくなる、日本の文化継承に関わる大きな問題なのである。
 
星空ツーリズム社代表 上野 貴弘
 
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琉球新報コラム「星空を見上げる訳」

琉球新報コラム 落ち穂(2016年2月25日)
第4回「星空を見上げる訳」
 
石垣島に移住してから、ほぼ毎日夜空を見に出かけている。東京にいた頃は、空はほとんど見上げていなかったように思う。肉眼ではほとんど星が見えない代わりに、狭いベランダに天体望遠鏡を出しレンズを覗いて、よく天体観測をしていた。
八重山諸島ではなんと言っても肉眼で見上げる星空が醍醐味だ。空いっぱいに広がる星々や天の川、降り注ぐ流れ星、そのダイナミックな夜空の景色は肉眼ファンタジーだ。
八重山でどれほどの流れ星を見ただろうか。晴れている日に夜空を見上げていると、流れ星が1時間に5、6個、多いときで10個以上見えることがある。
実は、この流れ星が私たち生命の源なのである。太陽系が誕生した46億年前、小惑星同士が衝突し合ってできた最初の地球は、衝突の影響でグツグツと煮えたぎるマグマのような塊だった。そのため、地球上には生命の元となる成分が一切存在していなかったと考えられている。その後、地球はゆっくり冷えていき、宇宙から降り注ぐ流れ星が地球表面に降り積もっていく。これが生命の元となった。
一筋の光を放つ流れ星は、宇宙空間に漂う星屑(大きさはたった1、2ミリ)が地球の重力に引っ張られて大気圏に突入し、その摩擦によって燃え尽きる瞬間を見ている。それら流星はなんと1日平均2兆個も地球に降り注いでいる。そのうち0.01ミリ以下の小さな星屑は、軽いため大気圏でふわっと受け止められ、摩擦で燃えることなくゆっくりと粉雪のようにふわふわと地表まで降りてきている。その量は1日約3万トンとも言われている。
NASAの無人探査機スターダスト(その名はまさに「星屑」)が、宇宙空間で彗星がまき散らす星屑を採取してサンプルリターンに成功した。その星屑を分析したところ、生命の誕生に欠かせないアミノ酸が発見されている。そのことからも、私たち生命が宇宙から降り注ぐ星屑によってもたらされたということがわかった。
私たちは星の子。だから人は、星空(ふるさと)を見上げたくなるのだと思う。
 
星空ツーリズム社代表 上野 貴弘
 
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